真言宗寺院の縁日。門前の商店街の隙間に店開きをしている易者が、五十がらみの女性と話し込んでいる。
易者「悩んでいてもですね。来年の秋にならないと、いい縁談はきませんよ。しかし、それを逃すとですね。晩婚になるかも知れませんよ」
婦人「一昨年から去年にかけて、見合いの話が随分あって、本人も乗り気だったんですけど、結局はみんなまとまらなくて……」
易者、自信たっぷりに「そうでしょう! でも、来年の十一月ごろにはうまくいきますよ」
婦人「あたしが病気したもんで、娘に看病させて、迷惑かけてしまって……いまだって少し遅いくらいですものねえ……」
易者「結婚もタイミングですからね。難しい面があるんですよ。それでいて、みなさん収まるところに収まっているのは、やはり時の恵みというか、ピタッとした相手に会える時期がくるもんなんですね。世間のことをいろいろ体験なさっているお嬢さんですし、えり好みがちょっとウルサクなっているでしょうけど、印象のいい人が来年の秋には出ますよ……」
かたや寺の境内。スーツをきちんと着こなした恰幅のいい紳士が、息子の結婚相談をしている。どうやら社長サソらしい。
易者、筮竹占いを済ませたあと、「息子さんのお嫁さんには、色白のかわいいタイプがいいですね。あまり図体の大きくない人がいいです。そういうお嬢さんを探してきて、セットしてやると、うまくいきますよ。旦那さんの奥さまの娘時代のような、ポチャポチャッとした女 26の子をね」
社長「息子はクソマジメなんですよ」
易者「経営者の息子だから、逆に甘やかさず、しっかりとお育てになったからでしょう。いいじやないですか。いまどきの青年は、けっこうクソマジメですよ。相手の女性は、あまりやおらかくては困るけど、融通のきく人がいいでしょうね。息子さんが頑固なことを言っても、あまり気にしないような人ですね。いずれ会社を後継されるんでしょうから、社交性もあるお嫁さんでないとね。小さな商店の家の娘さんにも、けっこう掘り出し者がいますよ。息子さんは、自分からオンナに声をかけない性格ですからね、周囲が用意しないと駄目でしょう。経営者の息子さんにしては、少し結婚がゆっくりですけど、三十歳がチャンスですね。相手は三つ歳下」
商業ピルの占いコーナ。ネットなどを暗い雰囲気でやりそうな「年増青年」と、色香漂う熟女占い師が御対面している。
年増青年「三十三になったので……そろそろ結婚したいんですけど……できますか……」と、恥ずかしそうに目を伏せる。
熟女占い師「できるよ」と、相手を包み込むような前置きをして、占いのトラの巻をめくり続ける。「近いうちに三人現れます。あなたの住まいから東の方向の女性は、性格はいいけど結び付きが弱いのね。北西の女性は、あなたと十歳ぐらい違うけど、めっけもんヨ。これが本命ね。性格はキッイけど、この人と結ばれます」
年増青年「キツイのが本命ですか?」
熟女占い師「そうよ。キッイといっても、女の子はプロポーズを待ってますからね。あなたが積極的になって、引っ張っていかなくてはダメよ。押しの一手で攻めなさい」
その熟女占い師の話では、一年後、その青年が見違えるようにニッコラニッコラして、占いコーナーまで礼を言いに来たという。彼いわく「本当にめっけもんだったけど、本当にキツイおんなです。先生」。ああ、メデタシメデタシ。
長寿化社会を迎え、昔だったら「役立たずのジイさん」といわれた高齢者たちが、お金と性的欲求不満を溜め込んで、高齢者のダンスパーティはおろか、ソープランドや街頭はハントに出かける自由恋愛黄金時代のなかで、若者たちの空前の婚活難が続いているという。そのため、縁結びビジネスが急成長。結婚情報マガジンが続々と発行されている。コンピュータを備えた結婚相手のリサーチバンクも各地に出現し、売り上げを激しく競い争っている。
いずれも、結婚希望者の人物リストをプールして、学歴や職業、収入、顔や身体の出来具合など、どこの馬の骨かを示す情報を用意し、特定多数に選択させる仕組みである。そのデータに欠かせないのが、血液型だということだが、それはともかく、未婚のオトコをオソナがクジびきする『ねるとんおみくじ』なる自販機まで登場する「結婚難時代」の要因はどこにあるのだろうか。
プライバシー尊重主義の肥大により、よけいなお世話と言われかねないため、お節介屋が消滅した……仕事が細密化して個々人の世界が小さくなり、人間関係もますます限定されてきた「総おたく化現象」……年の差をもって結ばれるのが当然という旧来の考え方が続く一方、現代の若者たちは歳の上下関係のなかで育成されていないため、年齢差のある人間との交際が下手……車が多すぎて路上でも安全な広場でも人と遊ばなくなり、小さいころから室内の機械と学参書に取り囲まれた生活で、スキッシップの快適さを刷り込まれていない……ゆえに異性の肌を求めようと突進する迫力に欠ける……表面的な付き合いは上手だが、深く馴れ合うのは苦手……。
育ててくれた母と父の関係を観察していても、夫婦の良さも概念も理解できない……男の仕事の大半はいまでも黙々と汗水をたらすドロ臭いものという現実と、身長・学歴・年収の「三高」が条件にされてしまう。ギャルのオジさん化と、セーネンの少女化という行き違いがある……結婚は人生の終焉、単身でいたいと考えるモラトリアムの深化……可愛いとはいえない暗い幼児が多くなり、結婚して子供を産みたいとも思わない女性が増加した……。
男女の生存率のアとバランスも、決定的にある。男は女より解剖生理学的にみて欠陥が多く、死亡率が高い。
そのためなのか、一〇六対一〇〇の割合で、男が多く産まれ、二十歳ごろでちょうど同人数になるようにできている。ところが、医学の進歩は、この「神の摂理」を壊し、以前なら死んでいたはずのオトコどもが、生き延びてしまっている……などなど。
といったわけで、結婚適齢期のオトコは五十万人もだぶつき、オトコの未婚率は上昇する一方。三十から三十四歳のそれは、一九七〇年当時十二%だったものが、いまは約二倍になろうとしているのである。
しかし、「非婚時代」などと騒いでみても、男の幸福は仕事と家庭、女は結婚と子供、といった旧来からの価値観の激変など起こるわけがなく、満員電車や街頭で、青年少女もオジさんギャルも「結婚したい」と叫びたくなる本音は少しも変わるまい。
ただし、女が強くなったとはいっても、結婚を切り出すのは九割が男の側で、「私と結婚して!」と詰め寄る女は三%に過ぎない。これは、欲望をストレートに出せる男性ホルモンと、欲望をフィルターにかける女性ホルモンの相違から生じる行動。その意味で、オジさん化したといっても、未婚女性の女性ホルモン量は、以前と変化ないようだが、少女化した青年の結婚への優柔不断さが取り沙汰されていることを考えると、青年の男性ホルモン量は、もしかしたら少なくなっているのかも知れない。「性愛の衝動」などは、理屈をこねても、コンピュータをいじっても出てくるわけではなく、ホルモンが決めるのだ。
いずれにせよ、そんな事情があって、息子や娘に、交際している異性がいないらしい、とヤキモキする親たち、優しさだけが取り柄のような青年、「嫌になったら離婚すればいい」なんて絶対に思わないギャルたちが、「結婚どうしよう」と、占い師のもとへ相談にやって来るのである。占いで相手をズバリと選んでくれる「占い結婚相談所」があり、けっこう成果をあげていると聞く。
これらのことをふまえると、占いで結婚への一歩を踏み出すこともアリだと思う。
しかし、実際に行動をおこすのは自分自身なので、結婚できなくてもその責任は自分にあるということは忘れてはならない。